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STAFF INTERVIEW!

8mmカメラを使いこなす幼稚園児。オリーブ最年少のネイティブカメラマンは才気溢れる大型ルーキー

PROFILE

常田 拓哉

カメラマン/エディター

どんな仕事してる?
撮影
映像編集
ひとこと
生涯ラガーマンでありたい

INTERVIEWER

國本 琢也

一見して体力系の営業マンかと思うような体格の良さと爽やかさを併せ持つ好青年。聞けば高校時代はラグビーに明け暮れる毎日だったと言います。しかしその真の姿は、幼稚園児から8mmカメラと三脚を使いこなし、高校時代に1,000人の全校生徒を沸かす作品を作り出す生粋の映像職人でした。今回のインタビューは、今年4月入社したばかりの常田拓哉さんにお話を伺いました。

幼稚園の頃から三脚に据えて、父親を撮ってる

常田さんは現在入社1年目ということで。丸一年経ってない状態で。

そうですね。(取材時点で)まだ入社4ヶ月くらい…。まだ入りたてホヤホヤの状態です。

現在会社最年少、唯一の20代!

つい先日、28歳になりました。

おめでとうございます。ご出身は鶴岡市ですか?

生まれも育ちも鶴岡です。鶴岡市を出た経験はなくて、ずっと実家暮らしでしたがこの春から実家を出てアパート暮らしをしてます。

おお~。地元を出たい!とか別の場所で暮らしてみたい!とかは無かったですか?

そうですね、都会に憧れみたいなものもなく、むしろ実家暮らしのメリットを十分に享受したかった気持ちが大きいです。お金がかからないですし、親に困ったことがあってもすぐに対応できますし、ご飯も美味しいしゆっくり寝れる場所も提供されるわけなので。

(メリット多!説得力ある!)なるほど。離れる理由が見つからない!

入社までの経緯も教えてください。社内では新人の常田さんですが、新卒入社ではないんですよね?

短大を卒業して前職に新卒入社して7年勤めて、オリーブに転職しました。

入社前から元々映像や写真などやられていたとのことですが、個人的に撮影や編集などの作業をされていたということでしょうか?

そうですね、趣味の域で昔からビデオを撮るのが好きで。自分が生まれた頃、父親がビデオカメラを買いまして。当時で10万円くらいするSONYの8mmビデオだったと思うのですが、それで撮影をしていたのが始まりですね。

オリーブ常田 拓哉

変わった子供だな~! (笑)

親も赤ん坊時代の自分を沢山撮ってくれていて、それ以外にも自分たちがラーメンを食べたり、なんて日常をずっと撮っていたみたいです。

Vlogの先駆けじゃないですか!28年前に既に始めていたとは…

確かにそうですね(笑)。なので映像に興味をもつ環境は整っていたというか。特に父親の影響です。

ある意味遺伝的な。その当時、現在も同じかもですが映像のどういう所に魅力を感じていましたか?

例えば、写真は静止画なのでその瞬間瞬間しか残せない。それに比べて映像は話す内容から表情の変化まで、全てを記録できる点は魅力だと思います。

なるほど…より情報量の多いものを記録できる、という所が好きなんですかね?

そうだと思います。記録して、後で振り返ることができるというのが。ある種のコレクター気質というか、アーカイブを所有しておきたいという欲はあるかもしれません。映像がデジタル化されるまでの時代は編集という作業がとてもハードルが高かったので、とにかく撮ったままを残しておくという。

オリーブ常田 拓哉

ちょっと見てらんないなと言うか

では映像編集を始めたのはいつ頃ですか?

これは結構遅くて、高校生の時からですね。

(結構早くない?)その当時はどんな映像を作ってましたか?

学校祭などのイベント用の映像が多かったですね。鶴岡中央高校の出身ですが、当時の学校祭はオープニングもMCが話して盛り上げるだけだったり、イベント終わりも写真のスライドショーを流したりっていうだけで、映像を使った演出が無かったんですよ。

その当時高校の学校祭なんてそんなものでしょ!

(笑)。でもそれに一年生の頃から不満だったんですよ!ちょっと見てらんないなというか。それをきっかけに、映像でイベントのクオリティを上げようと執行部(生徒会)に入りました。

映像革命を起こすんだと。

学校祭の映像を作る前から安い映像編集ソフトで編集の仕方を見よう見まねで作っていて、その後After EffectsなどAdobeのソフトを使うようになった段階で学校祭に臨みました。

編集の流れを覚えていって…。どんな映像を作ったんですか?

学校祭オープニングの映像をメインで作りました。最初に学校祭MC2人の寸劇的な掛け合いを見せて、2人が会場である体育館に向かって歩いてくる。最後に2人で体育館の扉を開いて、実際にMCが体育館に入場する…という、結婚式の新郎新婦入場でよく使われる演出ですね。

ああ、結婚式で見ますね。でも当時はそこは意識せずに作ったんですか?

まだ頻繁に結婚式に行く年齢でもないので、意識してないと思います。

それは凄いなあ…それで会場も盛り上がって。

盛り上がりましたね。後々「あの映像カッコ良かったね」と褒められたりもして。そしてその年以来、毎年学校祭で映像が作られるようになって。

伝統を作ったわけですか!その経験があれば、ストレートに映像関係の仕事に就いても不思議ではなさそうですが、前職は映像関係ではないですもんね。

違いますね。もちろん映像業界への興味はありましたが、その業界への入り口も分からず、敷居も高いものと思い込んでしまって。

なるほど。社会人になってからも映像を作り続けてはいたんですか?

友達に頼まれたりして、個人的にちょこちょこ作ってはいました。山大の農場フェスの撮影をしたり。社会人2年目のあたりで、子供の頃から憧れていた業務用のカメラを買ったんですよ。SONYのXDCAM PXW-Z150というカメラで。

オリーブ常田 拓哉

夢を叶えたわけですか!ちなみにお値段はいくらくらいで…?

当時新品で40万円前後だったと思います。

40万!!!

一緒に三脚も買って。これも10万円くらいで。

社会人ですね…!

その後も少しずつ機材を揃えて、この辺りから自分の映像を「記録」ではなく「作品」として意識するような変化はあったと思います。一眼レフのようなボケ感のある映像というのは今まで撮れなかったので。

これだけの機材を揃えてしまうと、趣味にしても本気の趣味というか。

そうですね。もちろん元々映像が好きで買ったんですが、いやらしい話、このカメラがあれば人脈ができるなと思ったんですよ。実際その通りで、「あいつプロ機材持ってるらしいよ」という話が人から人に伝わって、全く知らない人からも撮影依頼が来るようになりました。そうやって色んな繋がりが出来ることがとにかく面白くて。

別の意味でも色んな景色を見せてくれるカメラだったんですね。

値段も値段ですから、ある意味そのくらい働いてもらわないと困ると(笑)。あとは、会社でカメラが足らない時でも私物から持ち出しで使うこともできるので、今でも現役で活躍してくれています。今日も仕事で使いました(笑)。

そうか、プロが使う機材ですもんね。この名器と共に色んな現場で撮影されていたと。

まだ頻繁に結婚式に行く年齢でもないので、意識してないと思います。

オリーブ常田 拓哉

「一緒に働かない?」

その流れで友人の結婚式の当日記録をしていたところ、式場に別件の撮影で来ていた工藤拓也さんに声をかけられたのが、実はオリーブ入社の最初のきっかけなんです。

おお!いよいよ繋がってくるんですね。友人の結婚式には撮影スタッフとして参加したということですか?

いえ、元々はエンドロールだけ頼まれていたので事前に納品して、当日は普通の参加者として参列する予定でした。でも当日の映像は撮影する人がいないと聞いて、それなら当日も撮るよということになって撮影しました。

(いい人だな~)それは凄い!当日記録はプレッシャーもあるでしょうし大変だったでしょう。

その日は片手で料理食べながらもう1方の手でジンバル持って撮影して(笑)、忙しくしてましたね。でも好きなので撮っているという感じで。

大活躍ですね。そして遂に憧れの映像会社との繋がりが。

その日参加していた僕の友人が拓也さんと知り合いで、その友人づてに話が来まして。「映像会社の人が声かけたいらしいんだけど、大丈夫?」と。

おお!その話を聞いた時にどう思いました?

これは…来た!と。

(爆笑)遂に本職が来たぞと!

元々思っていた「カメラで人脈ができる」という点で、とうとう想像を超えるところまで来たと思いました。

そこでのお話はどういう内容でした?

オリーブさんが結婚式撮影で人手が足りないので手伝って欲しい、という内容だったと思います。

いよいよですね。そこから前職と並行してオリーブの撮影ヘルプの時期ですが、一緒に働いた印象は如何ですか?

まず「結婚式を撮る」をちゃんと仕事として行う、というのが貴重な体験でした。動き方の見学から入って、プロのノウハウを学べたのは大きいです。あとはオリーブさんの作るCMやプロモーション映像などの作品を目にして、そのクオリティに「やっぱりプロは凄い」と感じました。

オリーブ常田 拓哉

その後オリーブ入社まで、ヘルプの期間はどのくらいされてたんですか?

意外と長かったですね。2~3年は続いたと思います。

意外と長いですね。ヘルプはしつつも、その先のゆくゆくはオリーブに入るか入らないか、みたいな話もされていたんですか?

ヘルプ当初からその話はあったんですよ。忘れもしない鶴岡のモスバーガーで、橋本さんと佐規子さんと初めての顔合わせをして。初対面の橋本さんから「一緒に働かない?」と言われて「おお、早速!?」と(笑)。

早いですね(笑)。

凄く嬉しかったんですが、当時の仕事を簡単に辞めるわけにもいかないし、簡単に決められることでもないので、結婚式のヘルプを続けつつ段々と決めようかなという期間でした。前職でも自分主体で動く仕事が増えだしたこともあり、転職の意思を伝えるタイミングをはかっていた部分もあります。半端な時期だと会社にも迷惑がかかりますし。

では今年4月入社のタイミングは、オリーブからのラブコールが続く中で待ってもらっていたところもあると。

あとはコロナ禍で入社時期がずれ込んだのもあります。本来なら去年から入社の見通しでした。

なるほど。晴れて今年4月入社されるわけですが、改めて入社前と後で違いを感じた部分はありますか?

基本的にはありませんが、社員の方と一緒にいる時間がヘルプ時代より長い分、それぞれの個性をより強く感じられるようになりました。

オリーブ常田 拓哉

社員の中で一番ギャップがあったり、印象的な方はいますか?

ギャップでは無いですが、ふみさん(伊藤)が常にキレッキレなので大好きです(笑)。

なによりです。現在の業務内容は映像関係がメインですか?

はい、撮影と編集がメインですね。

元々ずっとやっていった分、そこもスムーズに仕事できますよね。

いえ、そこがある意味ではギャップを感じる部分で、プロとして映像に携わることの違いは日々感じます。例えば時間の掛け方でいうと、趣味でやっていた頃はいくらでも時間をかけて作品を作れましたが、プロはそうはいかないです。クオリティを担保しながら時間でこなしていく技術が必要だと感じています。

なるほど…。入社4ヵ月の言葉とは思えない重みが(笑)。

ありがとうございます(笑)。

オリーブ常田 拓哉

「作品」作りを意識した技術力をつけたい

もし常田さんが映像業界に入りたいという人にアドバイスするとしたら、どんな助言になりますか?。

うーん…まずは機材買ってみたらいいんじゃない?ですかね(笑)。

自身の実体験から(笑)。

そうですね。映像関係に限らず、やりたい仕事があれば、道具なり何なりにお金をかけてみるといいんじゃないかと思います。モチベーションも違いますし、その道具が連れていってくれるフィールドも違うと思います。自分の中でも自信になりますし、客観的にも分かりやすいと思います。

常田さんにとって映像を記録すること、編集して作品を作ることの面白さってなんだと思いますか?

そうですね…やっぱりそれを見た人に喜んでもらえるという所が大きいと思います。撮影は好きなんですが、実は自分から撮りたいものを撮る、ということはあまりして来なかったんです。人から「撮って」と言われて撮影することが今までの大半だったので。

モチベーションとしては人を喜ばせる事が重要なんですね。それはある意味、高校時代の学校祭映像の気持ちの延長線上にあるような気もするのですが。

そこでの体験は大きいかも知れないです。

入社4ヵ月の現在ですが、ご自身の中で今後の目標や、挑戦してみたいことはありますか?

まずは自分の技術を上げたいなというのが一番の目標です。入社以前は「記録」をしている期間が長かったので、撮影にしろ編集にしろ「作品」作りを意識した技術力をつけたいなと思ってます。

幼稚園時代から撮影しつづけてきたからこその心境ですよね。

あとは多くの人の目に触れるCMなどの仕事もやってみたいです。高校の学校祭で映像を流した時も、当時全校生徒が1,000人くらいの学校で、1,000人の人に目の前で自分の映像を見てもらえる機会ってなかなかないと思うんです。そこでの体験はやっぱり忘れ難いもので、より多くの人に楽しんでもらう、喜んでもらえるような媒体で映像を作ってみたい気持ちはあります。

頼もしい限りです!ぜひ大きな舞台で常田さんの作品を見れることを楽しみにしています。本日はありがとうございました!

ありがとうございました。

INTERVIEWER

國本 琢也
1986年生まれ、神奈川県出身のMC、ラジオパーソナリティー。
早稲田大学法学部中退後、山形県に移住し米農家となる。

2014年、ヒルクライムバイクのイベント「Hill Climb TOHOKU」を皮切りに農業と並行してMC活動を開始。以降、バイクイベントだけでなく地域イベントでもMCを務める他、結婚式司会等も経験。コロナ禍においてオンラインイベントのMCでも好評を博す。
現在、酒田FMハーバーラジオにて自身初となる冠ラジオ番組「シャドウ國本のだいたい大丈夫」に出演中。FM山形の特番出演など露出を増やし、国内でも稀に見る「農家MC」として着々と活動のエリアを広げている。